長沼 啓一
NAGANUMA Keiichi

地球内部の熱循環を原動力に、破壊と再生を繰り返す宿命の地。それが洞爺湖と有珠火山周辺の美しさと儚さ。この地には、チャンスや可能性や生きる場を求めて様々な動植物、そして人間達が集まってきます。火山マイスターにはそんな好奇心たっぷりな人たちが勢揃い。実は私自身もそうだったのかも、とマイスターになってから気づきました。
略歴
群馬県伊勢崎市(夏暑くて冬寒い地域)出身、学生時代を東京で過ごし、青年海外協力隊員(理数科教師)としてザンビアで2年活動。一旦東京に戻ったものの2001年からケニアでJICAの理数科教育プロジェクトに従事するなど18年間滞在。2019年から洞爺湖町在住。引き寄せられるようにジオパーク友の会に入会し、この地を拠点に暮らしていく知恵とご縁を求めていたら、火山マイスターになっていました。
本業は、国際協力(JICA/ODA)関係の各種技術協力事業に従事しています。
主な活動歴
| 2019年7月 | 洞爺湖町に移住 |
| 2020年~ | NPO法人有珠山周辺地域ジオパーク友の会に入会、有珠山登山学習会に参加 |
| 2023年〜 | 洞爺湖有珠山ジオパークユネスコ再審査への同行、火山マイスター養成講座等の各種学習会に参加、火山マイスター認定審査の見学 |
| 2025年10月 | 火山砂防フォーラム2025の現地研修会「災害遺構と砂防施設をめぐる有珠山半日コース」で初ガイド! |
得意分野
0→1よりも、1→10の方が得意。リーダーというよりフォロワー気質。
アフリカでの仕事や暮らしは、0→1を自分でじっくり作るのが楽しいのかも。
抱負や自己 PR など
あの伊能忠敬が日本地図の測量を開始し、北海道の南岸沿いを伝い歩き、礼文華〜虻田〜室蘭を通過したのが1800年8月、当時の彼は55歳。あの三松正夫さんが火山活動による地域の隆起を見越してミマツダイアグラムを描いたのは55歳から57歳。私が57歳で火山マイスターという地域称号をいただいて、さぁ人生の後半戦をこの地域で楽しく働き・暮らすために何をしようか?と再考する今日この頃。まずは先輩マイスター達がどんな個人・グループ活動をしているのか知りたくて、noteを活用した火山マイスター名鑑づくりに取りかかりました。この公式プロフィールの骨格に、コツコツと立体的で多彩な肉付けをしていきます。