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My Geopark Story 04
ホテルローヤル

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「小さなホテル」の心づくし

ホテルローヤル
マネージャー 河原美千代さん

いつもとびきりの笑顔で迎えてくれるホテルのマネージャーは、有珠山の噴火や地震による大停電などの災害を経験する中で、地域のためにできることを考えました。その先にあったのは、地域の自然や火山の特性を学び伝える「火山マイスター」になることでした。

北海道伊達市で創業し、2022年に50周年を迎えたホテルローヤルでマネージャーを務める河原美千代さん。知る人は「人を楽しませるコンシェルジュ」と呼び、遠方から訪れる人々をもてなすとともに、その行動力は、地域のさまざまな団体から必要とされる存在でもあります。ホテルの日常業務をこなしながら、休日は昭和新山などでトレッキングや自然を楽しみ、火山マイスターとして地域で開かれる講座などに携わる日々です。

河原さんは、なぜ火山マイスターを目指すことになったのでしょう。まずは幼少期にさかのぼってみましょう。

動物を通して自然を愛する「おかみさん」

新ひだか町で生まれた河原さんは、隣の家の豚や馬などとふれあって育ちました。野の花も好きで、自然を愛しています。20代で結婚を機に同ホテルの「おかみさん」になりました。昔も今も、フロントの欠員があれば補い、挙式から料理まであらゆる業務をこなす日々です。

その中で河原さんは、二つの災害を経験します。一つは2000年の有珠山噴火です。伊達に嫁いで十年余り。当時39歳でした。突き上げるような地震に見舞われる中、ホテルには現地取材のため陣を張るテレビ局のスタッフが滞在していました。噴火当日の3月31日、報道陣を案内した屋上から、有珠山の西側の山麓から立ち昇る鉛色の噴煙を見たのです。

河原さんは宿泊客やメディア、行政、自衛隊関係者への対応に追われました。スタッフの中には被災して避難所から通う人もいましたが、営業を続けていました。宿泊する報道陣とサービスの限界のはざまで、噴火と対峙(たいじ)する日々でした。経営陣に過去の噴火の経験者はおらず、「当時はホテルのことしか考えていなかった。自分の中の対応としては失敗だった」と今は感じています。

もう一つの災害は、2018年の北海道胆振東部地震です。国内初のブラックアウト(全域停電)が発生し、予約客と連絡がつかない状況になりました。その時、「私たちにできることは何か」を考えていました。

ライフラインが止まる中でもガスは使えたため、厨房が暗くなる前にいち早く業務用のガス釜を使い炊き出しをすることにしました。予約客の来訪に備え、飲料水とトイレ用水を4階に運ぶよう手配。日没に備え、婚礼用のキャンドルの在庫を並べて、ロビーと客室を照らし、食事も用意して待っていました。

二つの災害の対応で、決定的に違ったのは「心の準備をしていた」こと。過去の災害の経験が生きたのです。電話は災害に強いアナログ回線を残し通信手段を確保。厨房には米を備蓄していたからこそ、炊き出しに対応できました。まちの明かりが消え、大半のコンビニエンスストアが営業を継続できない状態に陥った中でも、安心の空間を保ちました。

後日、「ホテルのきれいな灯りを見て心が温まりました」「温かいおにぎりと唐揚げに感動しました」など、感謝の声が届いたといいます。

山登りが好きな河原さん。大停電が落ち着いた後、洞爺湖有珠山ジオパークのみどころの一つ・昭和新山に登ることができました。頂上から見た洞爺湖や有珠山の眺望を、今でもはっきりと覚えています。案内を務めたNPO法人有珠山周辺地域ジオパーク友の会の三松靖志さんのガイドも面白く、火の山の魅力にひかれていくのです。

「2000年有珠山噴火のことを、私はわかっていませんでした。噴火はホテルの営業を妨げる憎いものでしかなかった」といいます。そこから「ここで暮らしているからには火山をよく知って、自分たちのまちを愛したい」と思うようになりました。

心が変われば、ものの見方が変わる。農業も漁業も、まちの人も元気だからこの地域が成り立っている。「みんなで手を携えていかなければ。それも点ではなく、面で取り組むことが大切」と、火山と共生する地域の一人として実感したのでした。

二つの災害経験から「火山マイスター」へ

こうした学びの後、新型コロナウイルスが世界的にまん延。再び、宿泊などのキャンセルに見舞われます。途絶える客足の中でできた時間に、河原さんは考えました。

炊き出しは、伊達市赤十字奉仕団に所属していた際に学んでいて、災害時に困っている人に手を差し伸べるすべも持っている。トレッキングでも、応急措置の用具や雨ガッパなど、重くても装備を欠かさない自分がいました。備えを大切に行動する河原さんを慕う仲間の勧めもあって、より地域を知り、減災や防災を学ぶことができる火山マイスターを目指すことになるのです。

2021年10月、NPO法人有珠山周辺地域ジオパーク友の会の会員として、九州西北の島原半島ジオパークを訪問したことも、決め手になったといいます。

長崎県の雲仙・普賢岳の噴火から30年の節目。火砕流で43人が犠牲になり、メディアや消防団員らも巻き込まれ、今なお家族が悲しんでいる現実に触れました。「こうしたことが起こってはいけない。備えることの大切さを地域の人に知ってもらう活動を通して、災害を防ぎたい」。そう思ったのです。

勉強を重ね2022年10月、洞爺湖有珠火山マイスターに認定されました。火山マイスターは次の噴火に備え、そこに暮らす人々が山の特性を正しく理解し、噴火の記憶と被害を軽くするための知恵を伝えるいわば「伝道師」です。

「改めて思いますが、2000年有珠山噴火で、直接の犠牲者がいなかったのは本当にすごいこと」と振り返ります。過去の教訓から、地域住民が火山の専門家の予知を受け止めて避難行動を取ったからです。「知り合いがいつも火山の話をしていたら、そうか、となります。それがとっても大切」といいます。災害が発生するたびに防災や減災という言葉を頻繁に耳にしますが、日常的に地道に伝え続けることが何より重要と考えています。

まちにある心づくしの「小さなホテル」

ホテルローヤルは、洞爺湖有珠山ジオパーク・パートナーに登録しています。このパートナーは、ジオパークの活動を実践する地域の団体や企業を登録し、協力して活動を進める取り組みです。

河原さんを中心に、ホテルとして長くジオパークのPRに力を入れ、地産地消のメニューをとり入れた食にこだわってきました。お客さまの立場に立って、何を喜んでもらえるかを考え、さまざまな工夫をこらした提案もしています。ケータリングサービスの際は、テーブルクロスや飾りつける花にもこだわっているといいます。

宿泊料金にプラスすれば、要望に応じてオリジナルメニューを提供していて、時に料理長ともぶつかりながら満足度を高めています。「小さなホテルだからこそできること。心をお届けしたい」と常に考えているそうです。

ホテルローヤルは結婚式場でもあり、多くの住民の幸せをコーディネートし、門出を祝福してきました。東京・豊洲市場直送のまぐろ祭りの開催、伊達市内の飲食店とタイアップしたおせちの販売など、独自の企画を続々と実施しているのも魅力です。炊き出しにつながった大人数の仕出しに対応できる力も、ウィズコロナ時代のテイクアウト需要に応えています。河原さんをはじめスタッフが「体験したことをホテルに生かす」ことを考えている表れでもあります。

洞爺湖有珠山ジオパークで河原さんがおすすめするのは「オジロワシ長流川ルート」。冬に飛来するというオオワシやオジロワシを、河原さんは大好きなバードウオッチングを通して長年追い続けているといいます。「川は、山とも海ともつながっていて、実はすごいところ」。開放的な田園風景が楽しめる旧国鉄胆振線跡の散策路は春先、満開の桜並木が見られることでも知られています。

河原さんにホテルローヤルの魅力を聞くと、動物に例えて「たぬき」という意外な答えが返ってきました。たぬきは里山で多くの仲間と穏やかに暮らす性格といい、「育てていただいたこの地域に根ざしたホテル」との思いをこめたそうです。たぬきは信楽焼の置物のように、縁起物としても長く愛される存在でもあります。

そんな動物と自然に魅せられた河原さん。人に喜びを届けるまちのコンシェルジュは、きょうも訪れる旅人を、そしてまちを笑顔にしています。

HOTEL ROYAL

北海道伊達市末永町33-3